京都府立京都学・歴彩館
東寺百合文書WEB

百合百話 (ひゃくごうひゃくわ)

「京都新聞」2016年3月26日付28面記事を再掲

宝蔵と御影堂経蔵              

(上島有:京都府立総合資料館元古文書課長・摂南大学名誉教授)

 

  1. 東寺の二つの顔は、「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」と「弘法さん」という二つの信仰形態、そして伽藍(がらん)と御影堂(みえどう)という堂舎のあり方の違いにとどまりません。寺宝の収蔵状況にもみられます。

     

  2. 中世以来、東寺の重要な宝庫は伽藍の一部となる「宝蔵」と、西院の「御影堂経蔵」の二つでした。そこに収納された重宝類も、宝蔵には平安時代以来の鎮護国家の修法に関する重宝類、御影堂経蔵には鎌倉時代以来の大師信仰に関する宝物類と、見事にこの二つの顔、二つの信仰形態に相通ずるものでした。 

  3. ...続きを読む

2017年3月1日から4月23日まで京都文化博物館において「ユネスコ「世界の記憶」東寺百合文書展―人・物・情報が行き交う中世―」を開催しています!

 

 

...続きを読む

後七日御修法とは、毎年正月8日から14日まで、宮中にある「真言院」で実施された仏事のことです。東寺にとって最も重要な国家行事のひとつで、東寺長者が中心となり、玉体安穏や五穀豊穣などを祈りました。現在は、東寺にある「灌頂院(かんじょういん)」で行われています。

 

承和2(835)年の創始以来、1,000年以上の歴史を持つ後七日御修法ですが、百合百話「61. 160年の沈黙… 後七日御修法(ごしちにちみしほ)」で紹介した通り、寛正2(1461)年から元和8(1622)年までの162年間は一度も開催されませんでした。実は、すでに南北朝時代(1336~1392年)の時点で、毎年予定通り実施することが難しくなっていたのです。

 

左:ろ函3号-40「真言院後七日御修法請僧交名」正平6(1351)年

右:ろ函3号-40「真言院後七日御修法請僧交名」正平6(1351)年(裏)

 

...続きを読む

今年も例年通り、東寺にある「灌頂院(かんじょういん)」で「後七日御修法」が行われました。

 

ふ函8号-12 真言院後七日御修法請僧交名

ふ函8号-12「真言院後七日御修法請僧交名」元和9(1623)年

 

...続きを読む

二条城の南側に、境内に大きな池のあるお寺があることをご存知でしょうか?
このお寺は「神泉苑」といい、御池通りは神泉苑の池の傍を通るため、この名前になったという説があります。
また、源義経の一代記である『義経記』では、源義経と静御前が出会った場所とされています。

 

神泉苑は、延暦13(794)年頃に平安京大内裏に接してに建てられた天皇の禁苑(天皇のための庭園)で、平安時代初期には、天皇の離宮や後院(天皇の隠居後の住まい)などに利用され、詩宴や観花などさまざまな宴が催されていました。

 

苑内には大きな池があり、池の北側には乾臨閣(けんりんかく)と呼ばれる建物が建っていました。池の真ん中には中島(池の中に造られる人工の島)があり、池の南側には南山とよばれる築山(庭園などに築かれる人工の山)がありました。
当時の神泉苑の規模(青枠)と現在の規模(オレンジ枠)と比べると広大な敷地であったことがわかります。

 

                                                             © OpenStreetMap contributors

 

左:平安時代の神泉苑図※1
右:神泉苑規模比較図

...続きを読む

「京都新聞」2016年2月27日付24面記事を再掲

「伽藍」と「御影堂」              

(上島有:京都府立総合資料館元古文書課長・摂南大学名誉教授)

 

  •  

  1. 前回は、東寺(教王護国寺、京都市南区)の「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」と「弘法さん」がテーマでしたが、引き続き東寺の「二つの顔」についてみておきましょう。
    それは「後七日御修法」と「弘法さん」という二つの信仰形態にとどまるものではありません。その信仰形態の違いは、東寺全体の堂舎のあり方にも反映されています。
  2.  
  3. 東寺の正門である南大門から入ると、金堂、講堂、食堂という堂々とした伽藍(がらん)が立ち並んでいます。また、南大門の右手には五重塔、左手には灌頂院(かんじょういん)が配置されています。これが、平安時代以来の鎮護国家の伽藍です。

     

  4. ...続きを読む

東寺百合文書には、山城国上久世(かみくぜ)庄、若狭国太良(たら)庄、播磨国矢野(やの)庄、備中国新見(にいみ)庄など、多くの荘園が出てきます。荘園(庄園とも書く)とは寺の恒例・臨時の法要を営むときや堂塔を建築・整備するときなどの経費を捻出する土地のことで、百合文書には東寺に関する荘園文書(寄進関係、諸職宛行関係、年貢関係、相論関係等)が数多く残っています。

ちなみに「百合百話」でもこれまでに矢野庄(第35話~第37話)、摂津国垂水(たるみ)庄(第26話、第27話、第32話)、伊予国弓削島庄(第40話)などの話が取り上げられています。

 

東寺百合文書WEBで、「百合文書をさがす」の詳細検索のキーワード欄に「太良庄」を入れると2113点がヒットします。同様に「矢野庄」では1355点、「上久世庄」では1346点、「新見庄」では1129点です。それに比べると、「垂水庄」では409点、「弓削島庄」では200点と、ヒット数は多くありません。

 

百合文書をさがす:http://hyakugo.kyoto.jp/contents/search.php

 

 

百合文書をさがす

 

...続きを読む

古文書のくずし字を活字になおすとともに、年代・人名・地名などの情報を注記として付すことを「翻刻」といいます。この度、翻刻史料集『東寺百合文書』第12巻を刊行しました。百合文書を利用した歴史研究の進展を期待しつつ、一般の方にも百合文書に書かれた内容に気軽に触れていただければと思います。


hyakugo_honkoku_12

 

本書の概要は以下の通りです。

 

・第12巻の概要

書 名 東寺百合文書 十二

内 容 リ函1号~163号

規 格 A5判

頁 数 452頁

定 価 11,500円(税別)

発行者 (株)思文閣出版

発行日 平成28(2016)年10月1日

 

...続きを読む

今年も多くの台風が日本に上陸しました。台風中継などを視ていると、改めて自然の猛威を実感します。各地で大きな被害が出ていますが、中世の人々も同様に台風の被害に頭を抱えていました。

 

め函1号「伊勢国大国荘田堵等解」保安3(1122)年1月28日

 

...続きを読む

「京都新聞」2016年1月23日付22面記事を再掲

「後七日御修法」と「弘法さん」               

(上島有:京都府立総合資料館元古文書課長・摂南大学名誉教授)

 

 

新年早々の8日から14日まで、東寺(教王護国寺、京都市南区)では「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」が厳修されました。また、21日は「初弘法」で東寺の境内はもちろん、周辺も参拝の善男善女で大いににぎわいました。

 

「後七日御修法」と「弘法さん」は東寺を象徴する「二つの顔」だと思います。そして、東寺百合文書にも脈々と流れている東寺の「二つの信仰」であると言ってもよいかもしれません。しかも、それぞれ独自に機能しているのではなく、混然一体となって素晴らしい調和を醸し出しているのが東寺です。

...続きを読む

お問い合わせ先
京都府立京都学・歴彩館

京都市左京区下鴨半木町1番地29

電話番号:075-723-4831

URL :
http://www.pref.kyoto.jp/rekisaikan/
E-mail:
rekisaikan@pref.kyoto.lg.jp

pagetopへ

Copyright © Kyoto Institute, Library and Archives