京都府立京都学・歴彩館
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百合百話 (ひゃくごうひゃくわ)

百合百話「44. 足利将軍自筆の文書」では、室町幕府2代将軍・足利義詮(よしあきら)と4代将軍・義持が書いた文書をご紹介しました。本来、将軍自ら筆をとることはまれで、文書や記録を書くのは書記官である右筆の仕事でした。今回はその右筆が書いた文書をご紹介します。

 

観応元(1350)年7月28日に義詮と高師直(こうのもろなお)は、土岐周済(ときしゅうせい)を討伐するために京都を出発しました。幕府の人事に不満を抱いていた周済が、美濃国(現在の岐阜県南部)で挙兵したからです。出発にあたり義詮の父・尊氏は、全国各地の寺院や神社に戦勝祈願の祈祷を命じました。

 

せ函足利将軍家下文4号 足利尊氏御判御教書  せ函足利将軍家下文5号 足利尊氏御判御教書

左:せ函足利将軍家下文4号「足利尊氏御判御教書」観応元(1350)年7月28日

右:せ函足利将軍家下文5号「足利尊氏御判御教書」観応元(1350)年7月28日

 

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百合百話51(その1)・52(その2)では、「山城国桂川用水差図案」(ツ函341号)から桂川用水をめぐる相論についてお話ししました。
このような絵図を作成するためには、どのように描くかを決め、紙を用意するなど色々な準備が必要です。
そのような準備の様子についても百合文書から知ることが出来ます。

 

・紙を準備

ヲ函119号-5 絵師礼物等入足注文

ヲ函119号-5「絵師礼物等入足注文」明応5(1496)年閏2月22日

 

明応5(1496)年閏2月19・20日の2日にわたり、東寺の供僧が河原を実地見聞し、「会師(絵師)」を同行させて、図を描かせたときの経費をまとめたものです。
料紙にした「引合(しわ模様のない和紙)」や「中紙」などが合わせて113文と書いてあります。
百合百話51で紹介した「山城国西岡下五ヵ郷用水差図案」(ヲ函121号)の下絵やそれにもとづく差図を作ったと考えられています。

 

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このたび京都府立総合資料館では、「藤原範親置文(ふじわらのりちかおきぶみ)」(1点1通)を購入しました。

もとは東寺百合文書「り函」に含まれていた文書で、播磨国矢野荘(現在の兵庫県相生市)のうち那波浦という土地の譲渡に関することが書かれています。


り函266号 藤原範親置文

り函266号「藤原範親置文」建長4(1252)年3月 日

 

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前回は、ツ函341号「山城国桂川用水差図案」がつくられた背景についてお話しました。
今回はその続きです。

 

明応5(1496)年に行われた裁判の結果、今後は用水を半分ずつに分けるようにと幕府から命じられましたが、この内容は西八条西荘側にとって、納得のいかない結果でした。(を函333号)

を函333号 室町幕府奉行人連署奉書

を函333号「室町幕府奉行人連署奉書」明応5(1496)年5月28日 

 

そのため、西八条西荘と西岡五ヶ郷との争いはなお続いてしまいました。

その後の両荘の動向を列挙してみると…

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ユネスコ世界記憶遺産登録認定書が届きました!

3月16日にユネスコから「東寺百合文書」世界記憶遺産登録認定書が届きました。


世界記憶遺産登録認定書と百合くん

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百合百話「46.東寺百合文書掲載利用数ランキング!」では、出版物への掲載などよく利用された文書をランキング形式で紹介しました。
利用数がもっとも多かったのは、ツ函341号「山城国桂川用水差図案」でした。
  ツ函341号

ツ函341号「山城国桂川用水差図案」

 

桂川の周辺にあった荘園と、その荘園の田を耕作するための水をひく水路が描かれた絵図で、明応5(1496)年に作成されたものと思われます。
図の真ん中に蛇行した太線が縦に描かれていますが、これが桂川です。
荘園に関する書籍などで多く利用されているので、この図を見たことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。
この図は、いったい何のために描かれた図なのでしょうか?

 

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今回の百合百話では、「平成27年度東寺百合文書展ー今に伝わる2万5千通―」で展示した文書の31番から最後の47までをご紹介します。

 

31 ニ函141号「廿一口方永正元年同二年分文書包紙」永正2(1505)年

ニ函141号

廿一口方の永正元(1504)年・永正2(1505)年の文書で、「反古之内用捨分」つまり、いったんは棄てることにしたものの気が変わって、残しておくことにした文書を包んでいた紙です。これに包まれていた文書が何だったのかを知ることはできませんが、もしかするとこのときに生き残ることができた文書がいまも東寺百合文書の中にあるのかもしれません。

 

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今回の百合百話では、「平成27年度東寺百合文書展ー今に伝わる2万5千通―」で展示した文書の15番からご紹介します。

 

15 せ函武家御教書並達86号「織田信長禁制」永禄11(1568)年9月 日

せ函武家御教書並達86号

永禄11(1568)年9月、織田信長は足利義昭(この直後に将軍になります)を奉じて京都に入り、東寺に陣を構えます。その時に信長が自分の配下に向けて、東寺境内で濫妨狼籍や陣取、放火などをしてはならないと命じたのがこの文書です。東寺の側としては、大勢の軍隊が寺の中に駐留するわけですから、どんなトラブルがおこるか、当然心配になりました。そこで信長に頼んでこのような文書を出してもらっているのです。東寺百合文書のなかには他にも多くの禁制が残されています。平和ではない時代に寺の安全を保つのはなかなか大変だったようです。

 

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2015年10月1日から11月8日まで開催していた「平成27年度東寺百合文書展―今に伝わる2万5千通― 文書がなくなるこんなとき―」は無事終了することができました。ちょうど東寺百合文書がユネスコ世界記憶遺産に登録されたこともあって、例年よりも多くの方に足を運んでいただき、展示について様々なご感想をいただきました。

「資料館以外の場所(東京や大阪など)でも展示が見たい」、「遠方に住んでいるので、なかなか見に来られない」というご意見もありましたので、今回の百合百話では、ウェブ上で展示を再現したいと思います。

 

展示期間中に会場で配布していた解説はこちらからどうぞ。翻刻テキストやQRコードがついています。

 

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ある府県のある資料館にて......

弟:いろんなものがたくさんあるね。
兄:なんか古そうだな。こんなの見ても学校の勉強にならないよ。
父:そう言わずに。せっかく来たんだから。
弟:これって農家の人が使う道具だね。テレビで見たことあるよ。
兄:昔のものだよ。「鍬(くわ)」って説明書きがあるだろう。
父:鍬は弥生時代から使われている道具だよ。今でも形も変わらずに使われているんだ。すごいな。
弟:これはどう使うの。「鋤(すき)」って書いてあるけど。
兄:「くわ」も「すき」も一緒だよ。「耕す道具」って書いてあるじゃない。
父:おいおい、よく見ろよ。柄と刃との角度が違うだろう。ということは、使い方も違うってことだ。
隣りの客:鍬や鋤なんか置いておかないで、綺麗なものを並べればいいのに…。

 

田植えの写真を見ると......

黒川翠山撮影写真資料 田植え風景(下鴨あたり)

黒川翠山撮影写真資料 田植え風景(下鴨あたり)

 

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お問い合わせ先
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京都市左京区下鴨半木町1番地29

電話番号:075-723-4831

URL :
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E-mail:
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