京都府立京都学・歴彩館
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百合百話 (ひゃくごうひゃくわ)

整備された「碁盤の目」の都として有名な平安京。

しかし、実はそのあちこちで、道路がいつのまにか田や畑にされる、なんてことがしばしば起こっていました。

前回の「道路が畑に…!? その1」では、東寺の少し北、東西にのびる八条通と大宮通が交わるあたりでも、道路が耕され、どんどん巷所が広がってきた様子をご紹介しました。

 

しかし、近くのお寺、遍照心院が、広がりつつある巷所を見かね、とうとう東寺へ訴え始めます。 

東寺はそれにどう対応したのでしょうか…?

次の文書は、東寺のなかでおこなわれた会議の議事録「評定引付」です。

 

天地之部18号 廿一口方評定引付

天地之部18号「廿一口方評定引付」応永13(1406)年2月28日条

 

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道路がいつのまにか畑や田んぼになっていた…!?しかも都会のまん中で!

今の日本ではちょっとありえないことですが、中世の都、平安京では、そんなびっくりするようなことが、しばしば起こっていました。最近流行の、ビルの屋上に庭園や菜園をつくる屋上緑化のようなものでしょうか?

いいえ、それとはちょっと違います。

 

「碁盤の目」として知られる平安京の道路。区画が定められ、まっすぐに規則正しく整備されていたはずですが…

いったいどういうことなのでしょう…?

次の文書は、その様子を図にしたものです。

 

ヰ函225号 遍照心院巷所差図案

ヰ函225号「遍照心院巷所差図案」

 

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大避神社の現在の様子

同じ地域に住む人々が、その地を守護する神様や仏様を祀り、ときには神社やお寺に集ってお祭りに興じる姿は、日本各地でよく目にする伝統的な風景とひとつといえるでしょう。

 

矢野荘も例外ではなく、今でも集落や地域ごとに氏神を祀っています。なかでも、現在の矢野川と小河(おうご)川との合流点の西南にある「大避神社」は、矢野荘全体を守護する荘鎮守として人々の信仰を集めてきました(Googleマップ)。

 

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中ハサミ政所跡の現在の様子

同じ近畿地方にあるといっても、東寺のある京都と、矢野荘のある兵庫県相生(あいおい)市は離れています。都に居ながら地方の荘園を支配するためには、現地に事務・運営の拠点を設ける必要がありました。その施設を政所(まんどころ)といいます。東寺からすると、政所は荘園支配の心臓部だったわけです。では、その政所はどこにあったのでしょうか。

 

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矢野荘例名西方があった地域の現在の様子

来て、見て、体感して、ようやく実感がわくものってありますよね。

 

荘園も同じです。東寺百合文書のなかには多くの荘園関係文書が残っていますが、文書の文面を読むだけではなかなか実感がわきません。現地を訪ね、くまなく歩き、その地に広がる風景を目に焼きつけることも大切なのです。そこで、今回から3話連続で、播磨国(現在の兵庫県の南西部)矢野荘の探訪の様子をお届けします。

 

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わたしたちは今も、星占いをしたり、流れ星に願い事をしたり…しばしば夜空の星に思いを馳せます。

しかし、中世の人びとにとって、星の動きは今よりもずっと重要なことでした。流星群や彗星など、いつもと違う星の動きは、大きな天変、なにか悪いことが起こるまえぶれではないかと恐れられ、ときには大騒ぎにまで発展したのです。

 

応永9(1402)年、室町幕府全盛期、足利義満が権勢を誇っていたころのことでした。

それは、年明け早々の1月17日、京都の西の空に大きな彗星が現れたことから始まりました。彗星は、光を強めたり弱めたりしながら、なかなか消えません。雪が降ったり強風が吹いたり、天気も荒れ模様だったようです。いったいどうなってしまうのでしょうか…?

 

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「星合(ほしあい)」ということばがあります。1年に1度、陰暦7月7日の夜に、牽牛と織姫、ふたつの星が出会う、つまり七夕のこと。ロマンティックな伝説に彩られた、今でもわたしたちになじみ深い行事です。

 

しかし、実はもうひとつ、まったく別の意味もありました。「二星合(にせいごう)」、「三星合(さんせいごう)」などといって、水星、金星、火星、木星、土星のうち、二つの星がとても近づいて見えたり、三つの星が集まって見えたりする現象のことをいったようです。こちらの「星合」は、ロマンティックどころか、なにか悪いことが起こる前ぶれなのではないかと恐れられました。

 

空気の澄んだ冬の夜空は、星がとてもきれいに見えます。

でも、きれいとばかり言っていられない…?今回は、ときに大騒動まで巻き起こした夜空の星の話です。

 

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ウ函101号「摂津国垂水荘差図」寛正4(1463)年10月

 

「百合百話」2627で取り上げた「摂津国垂水荘差図」を、資料館の企画展「高瀬川開削400年記念~高瀬川と京都の水運」で展示しました。京都の水運の展示に、淀川支流の神崎川の資料を並べることに疑問を持たれる方もあるかもしれませんが、川は繋がっているということでご理解ください。

 

さて、その準備過程で、差図に描かれている船が、どのような船であるか、展示の担当者のなかで議論が分かれました。

 

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ユネスコ世界記憶遺産候補 東寺百合文書連続講座「世界のなかの東寺百合文書」第4回は12月14日(日)に京都府立大学でおこないます。入場無料でどなたでもご参加いただけます。ぜひお越しください。

京都府立大学地図

 

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紙の裏面を紙背(しはい)といいます。その紙背に文字が書かれているものがあります。

今回は、百合百話「24. 絵図に広がる世界」でご紹介した文書の紙背に注目してみましょう。

 

マ函16号 伊予国弓削島荘雑掌栄実地頭代左衛門尉佐房連署和与状

マ函16号「伊予国弓削島荘雑掌栄実地頭代左衛門尉佐房連署和与状」乾元2(1303)年正月18日

 

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